忍者ブログ

――――――

久しぶりの四コマとイラスト。



「コミックマーケット105」 合わせ
「発行日・2024年12月30日」
「B5サイズ、4ページ」
「印刷・夢工房まつやま」
PR



『運命の君と輪舞曲刀(ロンドとう)』


――――――

※ 原作と異なる側面があります。
 閲覧に、ご注意ください。

 漣伯理 … 甲申

 六平千鉱 … 癸未

という、設定です。

――――――

伯理■男性側

 紺色の夜空に
 月蝕(げっしょく)の輪が踊る
 恋詠(こいよみ)の導きの尊(みこと)
 銀河の涙は古陵(こりょう)を辿り
 杜(もり)の栄華を蘇らせる我が妻よ
 長き昏れは、君の一夜の夢
 桃の雫のもとで花となり
 我が刻む、最愛なる神鳥(かみとり)の証

――――――



「《力こそ、総て。――総ては、力》」


 それは、
 真実なのだろうか。
「〝想い〟は――」


 一族の中でも、能力がないとされ。虐げられて育ってきた自分にとっての、想い出とか、ろくでもないものばかりで。だけども、たしかに。
 だいじなものは、存在していた。

 ――その日は、冷たい雨が降っていた。
 激しくはないが今日中に止むことのないだろう細雨は、殴られ蹴られた後の満身創痍の身体を叩き。より一層の、苦痛を与えてくる。
(……――俺が、死なせたんだ)
 まだ十歳にも満たない伯理は、ぴくりとも動かなくなった黒猫の遺体を抱えて、泣いていた。
「……なんで。どうして?」
 つい先程まで生きて温もりがあった彼は、今は、冷たくなって動かない。
 流す大粒の涙は雨と混ざり。どちらが、本物なのか分からない。
 その黒猫の、遺体を抱え。うずくまる伯理の前に立ち。
 黒猫の命を奪った、漣家の家長の、
 その人は、「――それは、〝妖魔〟だ。我々、妖術師に仇を成す存在に育つから始末した」と、高圧的に言い。
 伯理から、大事な存在を奪った。
「どうしてっ、そんなこと言えるんだ」
 歯向かうことなど、愚かなことだと分かっていながらも。
 涙を流しながら。伯理は、その人を睨んだ。
――その人は、表情を変えることなく、言い放った。
「そうなると決まってるからだ」

 そうして、
  ――真っ黒な霧が自分を包んで、〝闇〟が訪れた。





 俺の人生は、終わりのない〝闇〟が続くのかと思っていた。
 彼と出逢うまで、そう思っていたんだ。

 
 重くて動かない。
 深い、〝闇〟の中で、
「……は、く……り――……」
 あの人の声がする。
 俺を救ってくれた。あの人の声が、
「伯理」と、
 名前を呼ばれ。
 目蓋を開くと――、ほぼ同じタイミングで、目の前に居る彼に伯理は抱きついた。
「うわっ」と、千鉱は驚いた様子であったが、抱きついてきた伯理を突き放すことなく。
 伯理がしたいままにしてくれて。
 思わず。千鉱の頬に、伯理は口づけしそうになったが、
「あ、ごめん。ねぼけてた」と言って、慌てて身体を離して、千鉱の顔色を伺った。
「……大丈夫か? なんか、うなされてたけど」
 すると千鉱は、嫌がっているどころか、心配そうな表情をしていた。
「大丈夫だよ」
 夢の内容が悪夢だったからだろうか。じっとりと冷汗もかいているが、千鉱を心配させないように、伯理は笑って応えた。
 昔から。時折、悪夢を見ることはあり。自分の精神面が原因だろう、と思っていたが。
 どうにも、祖先から継いだ能力は脳への負担もあるようで。最近は、脳を落ち着かせるためのものだろうと想うことにしていた。
「夕ご飯の用意できてるけど。もう少し寝てるか?」
 少しだけ微笑んだ千鉱は、伯理から離れると。
 背を向けて、部屋のドアを開いた。
「え? 夕ご飯? 食べるからっ!」
 伯理が返事すると、
「じゃあ……。夕ご飯の準備してくる」と、言い。
 千鉱は、先に台所へと向かった。


   ◇ ◇ ◇


「――なぁ、伯理」
「なに?」
「さっきは、どういう夢を見てたんだ。話したくないなら、言わなくていいけど……」
 食事のあと。二人暮らしになってからの習慣の一つである、片付けを一緒に行い。
 食器用の布巾で皿を拭きながら訊いてくる千鉱が、なんだか、愛らしくて。
 思わず、伯理は笑んでしまう。
「昔あったことの夢だよ。悪夢かな」
 ソファーに座った伯理は、少し考え込んでから。続けて、言った。
「……――チヒロ。昔のこと、話していい?」
 皿を仕舞い終わった千鉱は「聞くだけ。聞こうかな」と、伯理の隣に座った。
 彼の、赤い瞳が。
 じっと、伯理を見つめている。
「猫を育ててたんだ。真っ黒な毛並みの猫。瞳は、真っ赤で……」
「猫? カマキリじゃなく?」
「カマキリは、そのあと。だいぶ後ね」
 手に入れたカマキリの卵から育てて、人間でいうところの成人状態まで生き残った一匹に名前を付けていたのだが。逃げられ、それはそれでショックだったが。
 あれは、
「十歳にもならない頃に――」
 伯理は、ゆっくりと語った。


  ――その猫は、
 黒い毛並みで、赤い瞳をしていた。
 十歳にもならない頃。
 殴られ蹴られた後のこと。隠れて泣いていたときに、その猫は現れた。
 野良猫とは思えないほど綺麗な毛並みと、紅玉(ルビー)の瞳で、じっと、伯理を見つめてきて。
 しばらく――、見つめ合ってから。
 その猫は、伯理が信用できる人間と想ってくれたのか。
 近づいてくると、身体を擦りつけながら、愛らしく鳴いた。
 伯理に懐いた黒猫は、人を魅了するところがありながら、穏やかな性格で――、
 普通の猫ではなかった。
 いくら能力がほとんどないとはいえ。玄力を感じるくらいは、伯理にもできて。
 その猫から、玄力を感じていたのだ。
 だけど、この猫が害になるなんてない。
 きっと「黒猫は不吉だから」というので、排除されそうになったところ、逃げてきたのだろう。そのさまが、漣家としては無能で役立たずで、居ない存在にできないかと思われている、自分と重なり。
 この存在を、守らないといけないと思い。漣家の人々に隠しながら、育んできた。

 その黒猫には、名前があった。
「〝   〟」




「……――だけど。やっぱり、見つかって。排除されてしまって」
 いつの間にか。膝に置いた伯理の右の手のひらに、千鉱の左の手のひらが、重ねられていた。
「そいつは、お前の大事な存在だったんだな」
 千鉱の声色は単調なものであるが。
 こうやって、手のひらを重ねるのは、千鉱なりにできる感情表現の一つで。
 たぶんこれは、〝情愛〟というものだろう。
「――チヒロ」
 伯理は、千鉱の名前を呼ぶと。
 ぎゅっと、彼の手のひらを握った。
「なんだ?」
「今度は、必ず守るから……」
 必ず。君を守る騎士(ナイト)になるから。
「なに言ってるんだよ」
 よくわからない。と、照れている彼を見つめながら。
 伯理は、千鉱の手のひらの甲に、誓いの口づけをした。
 愛しい人の瞳が、わずかに揺れる。


――《俺の人生には、君が必要だから》――


   ◇ ◇ ◇



――――――

千鉱■女性側

 緋色の夜明け
 君と見た夜半の幻月(げんげつ)
 熱情の想いを注ぐ運命の貴方
 軌跡を巡る儚げな月ノ船
 幻国の都へと導く我が夫よ
 長き戯れは、君との慈しみ
 融(と)けた蜜蝋の封印
 その雄姿で結ぶ、覺(か)くの淡い声

――――――




「赤ブーブー通信社」「OSAKA FES Mar.2025」 合わせ
「発行日・2025年3月30日」
「文庫(A6)サイズ、20ページ」
「印刷・夢工房まつやま」



『火馬符蛇(ひまわりふだ)と癸覇帝(はかはてい)の君』


――――――

※ 原作と異なる側面があります。
 閲覧に、ご注意ください。

※ 用語や表現について。
   関西弁に詳しくない部分もあります。

 柴登吾 … 本名「吾登柴」 辛酉

 六平千鉱 … 癸未

という、設定です。

――――――

柴■男性側
 天帝愛君(てんていあいくん)
 栄寿蝶夢(えいじゅちょうむ)
 我妻赫燠(わがつまかくおき)※
 護主永河(ごしゅえいが)
 万馬猛蛇(ばんばもうだ)
―――
「天ノ帝 愛しい君」
「栄え寿 蝶の夢」
「我の妻 赫(かがや)きの燠(おき)」※
「護り主 永い河」
「万の馬 猛なる蛇」
 ※赫燠…熾天使(セラフィム)
―――
「天帝である、私の愛しい君」
「長き栄えは夢で終わらず」
「妻である貴女は、熾天使」
「護り主で栄華の存在」
「私は獰猛な蛇として闘う」

――――――


 一筋の、天ノ雨が振り落ち。
 千年の刻を生きた樹に刺さった忌まわしき楔を打ち。
 鉄の金属音が、森に鳴り響く。
 光が眠り。ひとの呼吸よりも深く重い森の空気と闇が充満するなか――。
 ささやかな抵抗の、涙にも似た雨音と終わりの啼きは、闇へと消えていった。



 ――幾度の、破壊の上に成り立つ。哀れな〝夢〟たち。
 ――それでも。まだ護るために、闘うのか。



 前に視た光景と後に視た光景。時刻が換わり、世界が異なってくることは、よくあることであるが。
 それにしたって、異なる世界だ。
 彼の家は、煤の香りや焦げた匂い。
 〝磁界〟にも影響する鉄の音が、そこに拡がっていることは、珍しくなかったが。
 でも。そのときは、血の匂いと、

「――――〝    〟」
 彼の、魂の音がした。




 《ガコンッ!》
 自動販売機で買った缶ジュースを手に取った柴は、溜息をつきながら、背筋を伸ばした。
「さてと、行くか……。チヒロくん、元気にしてるかな」
 六平国重の隠れ家が襲撃され。その命と妖刀が奪われたのは、数日前。
 襲撃で生き残った国重の息子、六平千鉱は宿命を背負うことになり。そうして彼は、今も、その重荷から解放されることなく、一人で闘っていた。
 常日頃から、歳を考えることは止そうと思っていたが。正直、最近は考えさせられ。
 どうやって、自分よりも若い彼を支えて、守れるか――。
 彼の今後を想い。柴は、再び溜息をついて、その人の元へと向かった。
「……――あっ。しまった。あかんわ」考えながら歩いていたら、うっかりと、妖術を使って移動してしまい。
 すぐに、目的の店の前に着いてしまった。
「やっば……」
 他の妖術師に感知されてないか、探るが。気づかれている様子はない。良心的な妖術師に仕事や案件・情報を紹介してくれる店であるが、店の見た目からは判らないほどの強固な結界と撹乱の妖術が仕掛けられている。
 悪用する者を近寄らせないためのセキュリティとしてで、しかしそれでも、調査力の高い妖術師が探りを行い。悪質な者へ情報を流すことも有り得る。
 もし感知されていたら、ここからすぐに離れ。
 相手を捕まえ。どういう存在であるか、仲間は居るか。
 拷問と変わらない、容赦のない尋問を行い。
 ときには、命を奪い。始末しないといけない。
 彼の害悪になる存在は――。この世界に要らないから。冷静な判断力も妖術師としては重要なことであるのに。
(……ずっと。声かけ難かったからな……)
 毘灼たちの追跡調査や、周辺の警戒と同時に、〝妖刀〟と千鉱を隠さないといけないため。極力、接触を避けていたのだが。
 再び接触するとなると、どう接したらいいものか。
 調子が、おかしくなってしまったのかもだ。
(気を付けよう……。これじゃ、だめだな……)
 ドアを開けて店の中に入ると、
「――《へい。らっしゃいませ》――」
 「あ、柴さんだっ!」と、受付カウンターに居た、陽気で愛嬌のある女性が、両手を降りながら挨拶してくれた。
「ヒナオちゃん。元気にしてた?」
「はーい! もう、バリッバリの元気で~す」
「はい、これ差し入れ」
「マジですかぁ。嬉し〜い。ありがとうございますっ!」
 柴は、手に持っていた袋の一つをヒナオに手渡すと、
「チヒロくん、どうしてる? ここに居る?」と、彼の所在をヒナオに訊いた。
「居ますよ。事務所の奥に居ますっ」
 袋の中身を確認しながら、ヒナオはドアの方を指差した。事務所に繋がってるドアの方を見ると、ドアは閉まっていた。
 その先の事務所は、仮眠用としても使ってるようで。
 今は、仮眠中なのだろうか。
「チヒロくん。今も、情報収集してたり。依頼とかも受けてんの?」
「はい。ちゃんと依頼もこなしてますね」
「そう」
 あれから幾日も経ってないのに、情報収集や、何回か情報のために依頼を受けている、と、薊から伝えられていたが。詳しい内容までは、分からないでいたから。
「大丈夫ですって。難易度の低い依頼ですから」
「そうならいいんやけど」
(……――大丈夫なんか?)
 詳しいことをヒナオには言えないままになっているが。柴は、国重と千鉱を隠してきた件に昔から協力してきたからか。千鉱の行動は把握するようにしており。助力が必要な時は気に掛けてきたが、その後の協力者になった薊は、妖術の才能はあるとされているが、どうにも鈍いところもあって。伝え方の不足がないか、と気になってしかたない。
(食事とか。ちゃんと摂ってるんか?)
 それは、妖刀の件と関係ない、私生活への気にかけ方であるのだろうが。自分は、保護者のような存在でもあるだろうから。と、柴は気にしないようにしていた。
 産まれも、育ちも、生きてることが特別な人だから。
 もとから課せられた重荷があるのに、宿命も背負うことになった、彼を――、守りたいから。
(まだ、若いのに……)
 自分が彼と同じ年齢の頃は、彼ほどにしっかりとしておらず。英雄ではあるが、あの国重が父親で、その世話で、だいぶ、しっかりした性格に育ち。
 国重を亡くしてからは、心を閉ざしたかのような冷静さも加わってしまったようで――。
 この店を紹介した手間で、なんだが。
 どうにか説得して、
 毘灼や、奪われた妖刀を探し出す、という。
 復讐にも繋がっている行動を、止められないだろうか。と、想うこともあった。
(今できることは、〝支える〟ということくらいだな……)
 千鉱も気に入ってくれるといいな、と思い。
 買ってきた物が入っている、ビニール袋の中を確認しながら。柴が、もの思いにふけっていると、
 ――《カタンッ》
 ドアの開く音がして、「誰か来てるんですか」と、彼の声が響いた。
「あ、チヒロくん。おはよう。お目覚め?」
 ヒナオがカウンター越しから声を掛けると。
 千鉱は、「はい。よく休めました」と返事してから、柴の存在に気づいた。
「柴さん。来てたんですか?」
 柴が視線を千鉱の方に向けると、刀身が収まってる鞘を持った彼は、少し眠そうな顔で近寄ってきてくれた。
「騒がしくて、起こした?」
「……――いいえ。ちょうど目が覚めたので」
 これはきっと、騒がしくして目覚めさせたんだろうな。柴には分かったが、千鉱の気遣いを受け取り。
「これ、チヒロくんにも」
 手に持っていた袋を、千鉱に手渡した。
 選んで買った。とはいえ――。
 ヒナオのように受け取ってくれるか分からなかったが。彼はあきれることはない、と分かってて買ってきたあたり、自分が情けない。
 千鉱は、それを受け取り。
「ありがとうございます」――と、柔らかな表情で、お礼を言った。
 彼の表情は、感情を隠してるかのように乏しいものであるが。こうやって稀に見ることのある、喜びを含んだ表情は、柴にとって愛らしいものであった。
(……――可愛いなぁ……)
 できてしまった顔の傷で、乏しい表情に貫禄のようなものが備わって、と思っていたが。
 久しぶりの表情が見れて、気になる事も薄れてしまう。
 ――彼の内面は、全てが闇ではない。
 すると。
「あ、その……。柴さん」千鉱は、何か言い難そうにしていた。
「なに?」
「実は、ですね。柴さんに、相談したいことが……」
「何かあったん? どうした?」
「ずっと、ヒナオさんの店で宿泊の世話になりっぱなしも迷惑かな。と、想いまして」
 柴から貰ったものをカウンターに置いた千鉱は、
 手に持っていた刀を握りしめながら、「いつか。妖刀の件で、狙われるかもしれないから」つらそうな声で言い。
 その次に言った、内容が、
「柴さん。いい宿泊の物件を知りませんか?」
 というもので。
 その瞬間。――柴は、思考停止した。
(……――えーと……)
「……――えーと……」
 返事のために、再び思考を開始したところ。
 いけない思考になってしまいそうで。必死で、意識を反らそうとするが。
 いろいろな言葉が口から出てきそうで。
 なんとかして抑えた柴は、作り笑いをして、
「……そっかー。チヒロくんが気にするなら、いいところ紹介するよ」
 とりあえず、そう言うしかなかった。
「ありがとうございます。なんか……時々……」
「ん?」――まだ、何かあるのだろうか。
 聞いてはいけない気もするが、これはあきらかに千鉱が気づいてない、危機でもあるように思う。
「店を尋ねてくる人が……。《自分の所に泊まらないか?》と、誘ってくれるんですけど」
 聞いておいてよかった。これは、どういう者か調べて、尋問のち殺処分しないと。
 ぶっそうな本音を千鉱に気づかれないようにして、柴は相づちした。
「……そう、なんだぁ」
「誰が、父の命を奪った連中と繋がってるか、分からないから。はっきりと断るためにも、安全な宿泊先があるといいかな。と思い」
「それは、そうだなー……」
 このままでは、いけない。
(……――こりゃ、どうにかしないと)
 まさか、そんな連中に絡まれてるとは思ってなかったので。しかも、その連中の最終的な目的を、千鉱は理解してないようで――、
 これは、いけない。
「柴さんに相談するのが、いいかな。って、想って」
 いったい国重は、どこまで社会について教えていたのだろうか。と、疑問になってくる。
 どちらかというと、閉鎖空間で育ち。存在を隠すために、世間一般の者と接触することが少なかったからなのだろう。
(この子は、私生活でも俺の守りが必要だ)
「分かったわ!」と、柴は決めた。
「え?」
「とりあえず、俺の隠れ家に来な。そこに泊まりながら、店に通えばいい。できるだけ店まで送り迎えするから」
「いいんですか?」
 ――その瞬間。柴は、神らしき存在に誓った。
 この子を、必ず守る。
(……――チヒロくんを、悪い虫けらどもから守るぞッ! 害虫駆除や!!)
 自分も、それら、ある種の悪い虫になってないか。と、柴に突っ込みする者は居なかったが。柴と千鉱の会話を微笑みながら聞いていたヒナオは、なにかしらメモしていたようで、しかし、柴は気にした様子はなく、千鉱は気づかなかった。


   ◇ ◇ ◇


「――どう? いい所やろ?」
 柴と千鉱が移動した先は、かつて、千鉱と国重が住んでいた所と同じく、閑静な郊外で。
 国重と住んでいた家とは違った、洒落たデザインの木造の一軒家に通された。
「お気に入りの隠れ家の一つ。ちゃんと結界も張ってあるから」
 柴が部屋のカーテンを開けると、薄暗い部屋が明るくなった。すると、移動を考えての事なのだろう。
 家具家電は、最小限になっていた。
「……いい所と言っても。長期滞在はできないし、何かあったら。即、移動ね」
「分かりました」
 ――と、壁時計の方を見た千鉱は、
「もうすぐ、お昼ですね」そわそわと落ち着かない様子になり。
「柴さん。お昼。何か、作りましょうか?」と、提案した。
「……――え。いいの? 頼むわ」
 国重が生きていた頃。時々、千鉱の手料理をいただくことはあったが。どこをどうしたら、あの国重から、この手料理を作れる子が生じたのだろうか。というくらい、千鉱の手料理は、柴にとって密かな楽しみであったので。
 再び、それが楽しめる、と。
 柴が冷蔵庫を開いたところ――、
「……――なんもないわ」
 まったく、物が入ってなく。
 なんとか入ってたのは、冷蔵室にペットボトル入りの飲料水。冷凍室に袋入りの氷である。
 ――そういえば、最近。この隠れ家に来てなかった。と、思い出した柴の隣に立ち、
 冷蔵庫の様子を覗いてる千鉱に「急いで。料理の材料、買ってくるからね」と、伝えた柴を、
「待ってください」引き止めた千鉱は、
 台所に置いてあった、メモとボールペンを手に取って、「買い物の、内容。メモしますね」素早くメモして、柴に手渡した。
「じゃあ、行ってくる。家から出たら、あかんよ」
「わかりました。買い物。お願いしますね」



 ――しばらくして、

(……これは――……)
 買い物を終えた柴が戻ると、それほど長く出掛けてなかったのに。部屋の雰囲気が、出掛ける前とは違ったものになっていた。
(誰かが居るってのは、違うな)
 一人で出掛けて、家に戻っても一人だったのに。
 今は、違う。
 ――小物が、使いやすいように移動してあったり。
 置いてあったメモを使ったのだろう。
 折り紙が、ダイニングテーブルに置いてあった。
(……器用だな。それに、やっぱり可愛い……)
「あ、柴さん。おかえりなさい」
「ただいまぁ」
 柴が、買ってきた材料を千鉱に手渡すと、
「さっそく、準備しますね」
 料理用のエプロンを身に着けた千鉱は、台所に向い。
「……えっと……、こうかな……」
 柴が、料理してる千鉱の姿を見詰めている、と――。
 一通りの料理を終えた後。フルーツだろうか、その準備の途中。
 何かしらの作業に、千鉱は苦戦していた。
「どうしたん?」
「えーと。リンゴなんですけど。うまく、できてるのかなって……」
 柴が確かめて見た林檎は、うさぎの形をしていた。
(ちょ……、可愛いっ)
 心を閉ざしてしまったのかも。
 そう思うくらいの、千鉱の冷静沈着な様子とは違う側面に、思わず微笑んでしまう。
「大丈夫。うさぎに見えるから」
(こういうところ。ほんと、可愛いな)


 ――そして、
 料理と林檎を盛った皿が、テーブルに並べられた。
「今日は、焼き鮭と……ご飯。味噌汁、おひたし、リンゴです」
「そうか」
(これでは、まるで――)
 心の中で、言いかけた「〝 〟のようだ」という言葉を、柴は呑み込み。
 向かい合って椅子に座ると、
「食べようか。いただきます」
「いただきます」
 二人は、料理を食べはじめた。


   ◇ ◇ ◇



――――――

千鉱■女性側
 灼熱獅君(しゃくねつししきみ)
 百矢桃源(ももやとうげん)
 千舞木葉(せんまいきば)
 万齋神樹(ばんさいしんじゅ)
 天龍我夫(てんりゅうわがおっと)
―――
「灼(や)き熱 獅なる君」
「百の矢 桃の源」
「千の舞 木の葉」
「万の齋 神の樹」 
「天ノ龍 我が夫」
―――
「灼熱のような情熱の、獅の貴方」
「百の弓矢を、桃源から」 ※百の霊銃
「千年の都からは、千の忍」※千の神兵
「万の氏に、神籍の加護」 ※万の氏子
「白馬天龍の、私の夫」

――――――




「赤ブーブー通信社」「HARU COMIC CITY 34」
「剣戟懲悪 HARU2025」 合わせ
「発行日・2025年3月16日」
「A5サイズ、20ページ」
「印刷・夢工房まつやま」


―――――――――――――――

1……

男性側(鬼舞辻無惨・螢)
 君想い
 冷雨(れいう)に目覚め
 彷徨(さまよ)い火(び)
 とわの我が妻
 旭(あさひ)雪月(ゆきつき)

女性側(炭治朗)
 愛し君
 久遠(くおん)の夫
 天(てん)の神子(みこ)
 身が朽(く)ちようと 
 魂霊(こんれい)求む

―――――――――――――――

2……

男性側(鬼舞辻無惨・螢)
 真朱(まほそ)ノ緒 ※
 呂色(ろいろ)の夜(よる)に
 妻想い
 虚(うつ)ろ蝕(むしば)み
 亡き誓い

※訳…真っ赤な槍先

女性側(炭治朗)
 傍(かたわ)らに
 昊(そら)と紅月(あかつき)
 我が夫
 冷暗の路(みち)
 堕ちても愛(あい)し


―――――――――――――――

3……

男性側(鬼舞辻無惨・螢)
 情愛の
 真名(しんめい)の君
 歩む人
 天津神(あまつかみ)ノ樹(き)
 祈りの系譜(けいふ)

女性側(炭治朗)
 天命(てんめい)の
 伴侶の御方
 真名(まな)刻む
 結びの神樹(しんじゅ)
 確かな契り

―――――――――――――――

4……

男性側(鬼舞辻無惨・螢)
 妻求め
 繋ぐ我が意思
 神ノ國
 最愛の君
 幾度も想う

女性側(炭治朗)
 此処(ここ)に在(あ)り
 神(かみ)辰砂(たつしゃ)の日
 主(しゅ)ノ御國(みくに)
 腕(かいな)に擁(いだ)く
 貴方の夢

―――――――――――――――

5……

男性側(鬼舞辻無惨・螢)
 我が希望
 両瞳(りょうめ)で囚え
 夢現(むげん)ノ日
 目覚めずの君
 名を呼び奮え

女性側(炭治朗)
 儚げな
 欠片の記憶
 君の熱
 頬をなでる掌(て)
 忘却ノ楯

―――――――――――――――

6……

男性側(鬼舞辻無惨・螢)
 神ノ鳥
 隠し愛(め)でて
 髪に触れ
 三つ夜を重ね
 さらに愛(いと)しき

女性側(炭治朗)
 三重の雲 ※
 ゆだねて吐息(といき)
 響く声
 はるかな願い
 君との月夜(つきよ)

※訳…三つ(蜜)重ねた雨(飴)で
伝え、かなり甘い。

―――――――――――――――

7……

男性側(鬼舞辻無惨・螢)
 鏡ノ世
 影に呑(の)まれる
 この想い
 折れない心
 願い簪(かんざし)

女性側(炭治朗)
 散る幼気(ようき)
 哀(あい)の羊に
 救いあれ
 落ちども亡き葉
 涙の泉

―――――――――――――――

8……

男性側(鬼舞辻無惨・螢)
 瞬(まばた)きの
 とろけた熱と
 重ねた手
 神霊(しんれい)の君
 懐(いだ)く懇願(こんがん)

女性側(炭治朗)
 御霊(みたま)ふれ
 若(わか)ノ樹霊(じゅれい)を
 見守り火(ひ)
 幾千年の
 後継(こうけい)の告(こく)

―――――――――――――――

9……

男性側(鬼舞辻無惨・螢)
 紫苑(しおに)の芽
 地に有り宝(たから)
 天ノ蟲
 君との結晶
 神(しん)の守(しゅ)の牙(きば)

女性側(炭治朗)
 日輪(ひわ)の玉(ぎょく)
 虎白(コハク)ノ王樹(おうじゅ)
 覇王剣
 太古の雫(しずく)
 御領(ごりょう)の守部(もりべ)

―――――――――――――――

10……

男性側(鬼舞辻無惨・螢)
 使徒(しと)の宮
 神鳥(かみとり)の舞
 宇(う)龍神(りゅうかみ)
 百世(ももよ)に炭火(すみび)
 天司(てんし)に千歳(ちとせ)

女性側(炭治朗)
 君の守護
 万物(ばんぶつ)の杜(もり)
 八重(やえ)神火(しんか)
 地祇(ちぎ)へと秘水(ひすい)
 天河(てんが)に神楽(かぐら)
 

―――――――――――――――

11……

男性側(鬼舞辻無惨・螢)
 凍る刻(とき)
 三千年の
 龍(りゅう)天子(てんし)
 聖灰(せいはい)ノ赫(あか)
 我が妻牙王(さいがおう)

女性側(炭治朗)
 定め刻(とき)
 万象として
 傍(かたわ)らに
 雲出づる灰
 祇(くにつかみ)ノ火(ひ)

―――――――――――――――

12……

男性側(鬼舞辻無惨・螢)
 我が基(もと)と
 君に捧げる
 神徒(しんと)團
 執念の夢
 妻との契り

女性側(炭治朗)
 迷い子(し)の ※
 来る日(ひ)の比べ ※
 神系(しんけい)圖(ず) ※
 在天(ざいてん)の君
 我還り待ち

※※※訳…来孫昆孫、
神ノ糸(神の意図)と圖り(秤、ロト廻)

―――――――――――――――





タイトルとしては『令和六年 大和歌集』で発行
「発行日・2024年7月25日」
「A5サイズ、20ページ」
「印刷・夢工房まつやま」




 霊山に、太陽の光が掛かり。
 まぶたを薄く開いた、霊山の主である神龍は、物憂いに、誰かに――、という定めなく、囁いた。

 ――〝我が、愛しい聖龍の子どもたちよ〟――

 人界の汚濁に染まった鈍い者たちによって苦しめられ、哀しみの闇夜に呑まれ、
 もがき苦しんでいるのだろう。
 二人の愛は、壊され失ってしまった目に見えぬものを取り戻していくだろう。
 それまでは――、
 神龍の溜め息は霧となり、霊山を覆っていく。









 ――その獅子は猛虎として、愛しい聖霊の神鳥とともに、灰となり。神鳥と番(つがい)の存在となるため、
 生まれ変わり。
 祝福により天界より降り立つ。その試練の途中にいて、番を求め、嘆きの十二年を生き。
 その想いは、番を引き寄せ。
 心を奮い立たせ、ともに試練の路へと進みはじめた。







 雪と氷雨により厳しさと豊かさを与える冬を越え。
 若葉が芽吹く。春も過ぎて、
 春に咲き誇った桜の花弁が、首ごと落ち。
 新緑や常緑が世界を取り戻した初夏の手前の時期に、その人物は竈門家を訪れた。
 竈門家の軒先にて、
「そうですか。本当に……。出産後、彼女は直ぐに亡くなられたんですか……」と、男は呟いた。
 富岡家の親戚で使いの、その男は、炭十郎の妻で自分の遠縁である彼女の訃報は知っていたのだが、実際に確かめた訳ではなく半信半疑で、今回の使命を機会に確かめたところ、そうである、と、炭十郎から聞かされ。
 項垂れて嘆きたいところ、使命があるので堪えて。背筋を伸ばして、炭十郎に問い掛けた。
「〝あの御方〟の、乳母の方は? お館さまの御親戚ですよね?」
 今回の使命は、乳母についても大事な確認である。
 もう居ないなら、急いで代わりを探さないといけない。
「仲良くしてます。後妻になりました」
「そうですかぁ〜」
「前の妻も私と同じように虚弱で、私より年上という事もあり、不安が多かったのでしょうね……。自分に何かあったら、後妻を、と言い遺してまして。今の妻も、良い人ですよ」
 炭十郎は、静かに微笑んだ。
 ――喪われた彼女の霊魂と流れる生命の水は、今でも自分と彼女の子どもを満たしている。
 受け継がれ、改革していく。
 生命の基盤を、彼女は産み出したのだ。
 啓示なのだろう。
 そうして、神の宿命により課せられた自分のもとには、これから、今世では数年しか生きられない子どもが届けられるのだろう。
 彼女の子。それ以上の存在は在ってはいけない、と。
 この運命には、逆らえない。
 その子らの今世での僅かな人生で、自分なりに父親でいること、黄泉の国でも来世でも父親として寄り添おうと想い。
 伝統と約束しか伝えらない、たった一人の子の将来を憂いそうになったが、不思議と穏やかな気持ちが心身に流れ込む。
(ああ、あの件があった……)
 気づいて、炭十郎は語った。
「……――それに、炭治郎の件も。最初は驚きましたが、納得する事にしました」
 炭十郎が軽く溜め息をついたので、使者の男は、はて、と首を傾げた。すると、
 炭十郎は、家の近くに生えた木の根元にある、切株に刺さってる斧を指差した。
「ああ、例の……、斧の?」
「そうそう。斧の」
 見た目は、どこにでもある斧だが、斬れ味も良く、持ち手の部分には、斧を製作した者の家名が刻まれている。しかし、やや擦り切れて、家名が読みにくくなってしまっていた。
「しかし、誕生の祝いに、斧ですか……。どういう一族なんですか? せめて、薬草を切る道具とかでしょうに……」
「悪気はないかと。次男の方が〝そう〟である。という、主張らしいですよ。私も、生活と、炭治郎の安全のために使わせていただいてます」
「――あ、あの書物の? あの話?」
「どうにも、それっぽいです」
 あの書物は、炭治郎にも読ませる予定だが、なかなか理解は難しいかもしれない。
「熱心な御守りですね」
「綺麗な簪(かんざし)が良かった。と、御本人が仰ってました」
「御相手の方に会ったんですか?」
「ええ、会いました。顔は、よく見えませんでしたが……。気難しそうな方でした」
「それは、それは……」
 炭十郎と使者の男が苦笑混じりに笑っていると、使者の男の背中から、赤ん坊の、ぐずる声が聞こえた。
 あやしながら、おんぶしていた赤ん坊を抱きかかえた使者の男は、その赤ん坊を、炭十郎に手渡した。
「……――女の子ですか?」
「禰豆子と言います」
 炭十郎の腕の中で、禰豆子という名の娘は、小さな両腕を伸ばして、何か掴もうと掌を握ったり開いたりしていた。
 微笑みながら炭十郎が手ぬぐいを渡すと、禰豆子は、満面の笑顔を炭十郎に返してくれる。
「この子。〝あの御方〟と、同じように母親が亡くなり……」
「分かっています。今の妻も同意ですから」と、
 この子の家族は、血縁者は、どうしているのだろうと、炭十郎は問い掛けた。
「この子、禰豆子の、お兄さんの方は?」
「義勇ですか? 妾腹の異母妹とはいえ。別れがたいのか、昨日から顔を見ようとしなかったです」
「反対してたようですね」
「反対したところで、どうにもならない。引き取とる事も難しい」
 使者の男は苦々しそうにしてから、掌の指先で禰豆子の額を撫でて、微笑んだ。
「禰豆子の件の知らせは、長男である彼だけで……。お姉さんにも気を遣ってるのでしょうね」
 自分も、妻を亡くした直後のとき、炭治郎を親戚に預けるか躊躇い。いずれ、元々ある自分の厄が更に変質すると分かっていても、指示通りに、炭治郎の〝あの人〟の親戚からの話も断ってしまったので――、
 気遣い、という。禰豆子の件も分かるような気がした。
 だが、名を口にすると伝わりやすい家柄ならば、炭治郎の〝彼方の、あの人〟が手段を選ばないで探し出そうとする過程で、何かしらの重荷を受けるのだろう。
 ――この子、禰豆子の兄は、大事な存在を幾度となく奪われるのかもしれない。
「顔を見せない条件になりますが……。炭治郎の誕生月に訪れて、隠れて様子を確認していいです。是非」
「ありがとうございます。義勇を向かわせますね」
「使命でも……幼子を手放すのは、酷なことだ」
「長年、無惨の対策で薬草により身体を替えてきた一族の血筋とはいえ。この子に、課せてしまうんですよね……。こんな幼い子に……」
 神の行いというのは、時に運命の路に繋がる対象者に過酷な重荷を背負わせるようだ。
 しかし、乗り越えられない試練は与えない、と言い伝えられている。
 ――なにより、
 両目を開いて笑む、禰豆子の瞳からは、力強く純粋な生命の息吹きが窺える。


「きっと。優しい子に育ち。たった一人の存在を――……、〝あの御方〟を守る存在になりますから」
 その言葉は、
 〝使者〟の男か、
 〝  〟の父親か、
 音としては現世のものでないと、雷音に書き換えられ。
 誰にも分からないものにされた。



   ◇ ◇ ◇



 それは、真っ白な――、
   冬の日のことだった。


 〝  〟の陰に在って形となった鬼人に家族の生命を奪われ。
 生き残った妹も、鬼とされた。
 ――あの日と同じ。
 なにもかも真っ白な世界に、一つの黒が現れた。
「お父さん。これ、何?」
 炭治郎が齢六歳になった誕生月のときに届いた〝それ〟は、漆黒の小さな箱だった。
 漆塗りと呼ばれる物であり、妹と弟が両目を見開いて、珍しそうに見つめていた。
 自分の掌にも乗るくらいの、
 その箱を炭治郎が手に取ると、少し重みを感じられた。
「お前への贈り物だそうだ。大事にしなさい」と言われたので、
 炭治郎は首を傾げた。
 いったい、誰からの贈り物だろう。
「……――俺への? 贈り物?」
 炭治郎が訊ねても、父の炭十郎は微笑むだけで、理由を語らなかった。
 だけども、炭治郎が捉えた――父親の表情の奥にある感覚と、匂いには、哀しみと優しさが混ざった不思議なものがあった。
「箱、開けてごらん」


 そうして、炭治郎が箱を開けると、
   そこに――……、








   ◇ ◇ ◇


 あと数日だったのに――。

 なぜ、どうして、と。
 どんなに後悔したことか。
 彼が産まれた時に、自分の想うようにすればよかった、と。
 囲炉裏の前に置かれた座布団に、胡座をかいて座った隻眼の男は、くすぶる火を見つめながら、息を吐いた。
「……――綺麗な黒色と、〝赤〟だ」
 なんで、こんな事になったのだろう。
 この里もそうだが。自分が所有の里が、必ず安全と言い難いというのも分かっている。
 それでも、手元に置いて育んでいたら違ったのだろう。
 でもそれは、違った関係になってしまう事もあるから。
(あいつは、痣を気にしてないが……)
 痣も、身体の傷も――。
 彼の里や、自分の里のように閉鎖されてきた世界では、〝それ〟を見た他者からの言動が本人に与えられる機会は少なく、鬼殺隊として生きて往くために、
 気にしてる余裕も、
 理解することもなかったのかもしれない――。
 しかし、
 今後のためとはいえ。そうなるのか。
「無駄に傷つきやがって……」
 傷ついて、それでも、また傷つくことになる。
 そんな他者からの言葉に落ち込むほど、弱くはないと分かっているが――……。
 男は、囲炉裏に突き刺してあった、先端に布を巻いた細長い鉄の棒を手に取り、掻き回した。
 空気の流れで、一瞬、
 火花が散り、
 炭に、火が宿った。
 薄っすらと、熱い透明な空気の布地に、想い人の顔が浮かんだように想うが、
 幻であり、本人ではない。
「生きていたから。……って、それだけでいいってのかよ」
 なんでコイツが伝えてくるんだ、と、気に食わないが、冨岡義勇からの話によると、
 傷の他に、戦いでの後遺症がある。
 今後、どういった別の変化があるのかも分からない、と伝えられた。
「必ず――……」と、言い掛けて、
 その男、鋼鐵塚蛍は立ち上がった。























   ◇ ◇ ◇


 ――青空を飛んでいた鬼蜻蜒(オニヤンマ)が境界線の杭に留まり。こちらの様子を伺っていたので、炭治郎は微笑んだ。
 途中まで乗せてくれた行商の荷馬車は、もう遠くまで行ってしまったが、彼らを見送るように、片腕を上げて手を振り。
 それから、炭治郎は荷馬車に背を向けて、
 道を歩き出した。
 ――他の荷馬車が往来した痕跡だろうか、道の先まで轍が続いてる。
 前日の大雨によってできた、道の途中の水たまりに、先程の、オニヤンマが飛んで近づき。水鏡に映った、綺麗な青空を壊すため、羽音で水面に波紋を創り出していた。
 一瞬の、平和が崩れ。
 同じ時間軸ではない空が、多次元に存在してる蟲たちの帰還を迎えるためだろう。異空間を拡げていた。
 以前と違って、背中に背負った荷物は重さが変わってしまったが。
 過去も、現在も、未来も、
 自分たちは、この先も変わらず――《何か》を背負っているのかもしれない。
 鬼が世界から消え。平和なのか。と、言うと、
 根っからの善人も在れば、悪に染まっても葛藤の末に己で正そうとする者。
 なんで分からないんだ、という者。
 臆病な者。卑怯な者。
 どうやっても、悪から抜け出せない者。
 今も、そういう者たちは、この世界で産まれ、生きている。
 ――たとえ、鬼に変わる闇が拡がって往こうとも。
 彼らは――、
 ともに、生きていた。
「……――禰豆子たち。本当に、大丈夫かな……?」
 道の途中で立ち止まって、炭治郎は溜息を吐き。
 肩に掛けていた鞄から巻手紙を取り出すと、それを開いて読んだ。
 先日。めでたく、炭治郎の妹の禰豆子と善逸が結婚して夫妻となり。
 生きられるだけ生きようと――。
 今日までの一年と数ヶ月、自分なりに、戦いの後遺症からの回復や訓練を続けてきたのだが、
(……いいのかな?)
 と、開いていた巻手紙を閉じて。仕舞い。
 ゆっくりと、歩き出した。
――「私、お兄ちゃんの事、負担とか思ってないからね。いつでも帰ってきて大丈夫だから」――
――「いつでも帰って来て! ってか、早くぅ帰って来ておくれよぉ、早く帰って来た方がっ。だってあの人だよ、炭治郎、死んじゃうかも〜!」――
――「逆になー。俺、そっち行くかもしれないから。気になる奴いるんだぁ」――
 戦いが終わって故郷に戻り。亡くなった家族の弔いや、新しい家族との生活は、愉快で楽しく、騒がしく。
 しばらくして、落ち着いた頃。
 鋼鐵塚からの手紙が届いたのだが。
 以前のように、感情的な手紙ではなくて。どことなく、情緒的な内容の手紙もあった。
 もっとも。感情的な手紙の時は、大事な刀を折ったり紛失したりと、扱いの悪い自分もいけなかったと言えば、そうなのだろう。
 しかし、どうにも最近の手紙が、
「うーん……?」
(……――これ、なんか?)
「……あれ? 今までの……、手紙……?」
 そういえば、刀の件とは関係のない、数回の手紙には、どことなく、鋼鐵塚の心配してる様子もあった気がする。
 例文通りの手紙とは、違ったように思う。
「やっぱり……。鉄珍さまが亡くなったの。鋼鐵塚さんも落ち込んでるのかな?」
 刀鍛冶の里は玉壺と半天狗の襲撃後に、一度、移転になったが。
 鬼の居ない世界の、現在は、というと。襲撃を受けた里は新しい名となって、里の再開発を行い。
 世間一般にも里の技術を含めての公開。観光地とすることに決まったそうだ。
 しかしながら。里の再開発の完成を目前にして、
 近隣の河で泳いでいた、里長の鉄珍が溺れ。なんとか助かったが――、それが原因なのだろう、鉄珍は病に罹(かか)り。亡くなってしまったそうで。
 一報が届いた真夏に向かおうと思ったが、鋼鐵塚からの返事は――〈お前は気にしなくていい。夏の終わりに〉という片言だけの手紙が届き。
 かえって、心配になってしまい。
 すると、小鉄や鉄穴森からの手紙が続いて届き、
「鋼鐵塚さんは、内心では落ち込んでるんですよ」
「里に来ませんか?」などなどの、手紙も届き。
 きっとこれは〝来て欲しい〟という誘いだろう。
 それに、以前――……、
 襲撃を受ける前の、刀鍛冶の里での短期養生で、一時的とはいえ、気力や体力が回復した事もあり。
 新婚らしいこともしたいだろうに、自分の世話で行い難い妹夫婦たちから、しばらく、時間と距離を置くのも悪くないと。
 来年の秋まで、鋼鐵塚の里で過ごす事を決め。
 鋼鐵塚からの返事は無いものの、小鉄と鉄穴森からは歓迎の返事を貰っていた。
「鉄珍さまは、鋼鐵塚さんに辛口だったけど、大事な方だっただろうから。……里に着いたら、励まさなきゃ」
 どうやって励まそうかな。
 と、考えながら、炭治郎は、ゆっくりと歩き出した。

   ◇ ◇ ◇

 数日前の早朝に故郷を出て、移動。
 それから、鋼鐵塚の里までは、想像していた以上に――遠かった。
「〝隠〟の人たちは、〝これ〟を移動してたのか……」と、今更ながらに関心してしまう。
 だけども。里のある所が、わりと有名な地方であった件に炭治郎は驚き。今度は鼻を塞がれてないので感じる、温泉の独特な匂いからして、この道の先に、里の入口があることを確信した。
 新しく、舗装された道があるらしいのだが、
「できれば、それとは違う道を来て欲しい」と、小鉄や鉄穴森に勧められていたので、そちらを行くことに。
 里に向かう、その道の途中。
 道の端に建つ――、背丈の小さな石柱を見付け。
 炭治郎が近寄ってみると、石柱には里の名が彫られてあった。
 石柱の手前には、石台と質素な花瓶が置かれて在り。
 花瓶には、野に咲く花が生けてあった。

 腰を屈め、
 そっと、炭治郎が花に触れようとすると、
「炭治郎さん!」
 覚えのある少年の声が聞こえたので、そちらを振り向き。背筋を正すと、
 いまだ仮面を取ってない。
 その少年に、「小鉄くん!」と、手を降って微笑んだ。






 久しぶりに会った小鉄は以前と変わらない様子で、先導してくれる。
「ちょっと、背丈……伸びた?」
「それ……。見かけでは背丈が伸びたか分からないって、意味ですか?」と、小鉄が歩む足を止めたので、
 炭治郎も歩みを止め、焦ったように言った。
「いや、そんな事は……」
 小鉄の機嫌を悪くしてしまったのかもしれない。
「あと数年経ったら、僕は炭治郎さんの背を超えて、鋼鐵塚さんに成りますからね!」
「え!? なんで、鋼鐵塚さんが基準?」
「背丈です!」
 その様子に、炭治郎は楽しそうに笑い。
 小鉄も、「もう〜。僕、本気なんですからね〜」怒った様子ではなく。
 二人は、道を歩き出した。
 少し歩くと――。道沿いに並んで生えた、背丈の大きな樹木に出逢う。
 すると、小鉄は立ち止まって、樹木の上を見上げたので。炭治郎も、立ち止まり。
 樹木の上を見上げる、と。
 隙間を開けて並んだ樹木と樹木の枝と枝が、上空で、手を繋いだように絡み合ってて。
 まるで、門のようになっていた。
 〝門〟のようだ。――ではなく、
 これは、〝神聖な門〟だ。
(……――鳥居みたいだ)
 きっとこれは、鳥居なのだろう。
 樹齢は定かではないが、太い幹からして、名のある存在と思われる。
 それぞれの樹木の幹には、鉄製の釘により鉄板が打ち付けられており。
 〝龍斗〟と〝海斗〟と、鉄板に刻まれている。
「〝双子の樹木〟ですよ。隙間の、この道を通ります」
 思いの外、〝双子の樹木〟の隙間は広く。
 大荷物でも通れそうなほどで、小鉄の動きに合わせて炭治郎も続いて、樹木の鳥居を通った。
 もとの、二人が歩いて来た道や、その道にも繋がっている鳥居の手前の道とは違い。
 鳥居の先にある道は、白い砂利が敷かれてあって、
 道を往く者が転ばないように、草木の根は取り除かれ。道は、背丈の高い木々の森林に続いている。
 樹木の葉も茂ってるので、薄暗いのかと思ったら。
 ――木もれ陽が落ち。
 涼しくもあれば、温かな心地になる。
 ゆっくりと深呼吸して、炭治郎は新鮮な自然の空気を肺に送り込んだ。
 修行や稽古などで身についた、肉体と精神力の維持は失われることなく。今でも炭治郎の生命力となって離れずにいる。
 と、不意に、
 近くの茂みから、
 《ガサガサッ!》という、物音がした。
「〜〜っ、こ、小鉄くん! なんか、今、音がしたけど?」
「たぶん、大丈夫でっす。さ、早く先に進みましょう」
 小鉄の様子からして、熊かもしれない。
 きっと、大きな熊なのだろう。
 刀も持ってないので、早く移動した方がいい。
 小鉄が足早に森の奥へと向かうので、炭治郎も後を付いて行き。
 しばらくして、ちらりと後ろを振り向く、と。
 先程の鳥居から、だいぶ離れてしまっていた。
「……小鉄くん。里に向かわないの?」
「そちらは後ほど。まずは、鋼鐵塚さんの御屋敷に向かいます」
「鋼鐵塚さんの御屋敷?」
 鋼鐵塚の御屋敷。と言われて、炭治郎が思いつく家といえば、以前、玉壺の襲撃に遭ったとき、彼が居た家屋のことだろうか。
「えーと……。新築の家」
「新築?」
 あの時の家屋は破損が酷く、里の再開発に合わせて、建て直したのだろうか。
「以前のときの――」と、炭治郎が問い掛けようとして、
「ああ、あそこ」
 炭治郎からの問い掛けに気づいた小鉄は、言っていいものかと悩んでいるのか、首をかしげ、
「あそこ、アレ……。あそこは、仕事用です」
 そうして、小鉄は懐から掌に収まるくらいの小さな本を取り出して、本を開いて確認してから言った。
「国外や他の言い方では……、〝アトリエ〟とか〝工房〟というらしい、とか?」
「仕事用?」
「――鋼鐵塚さんの御屋敷が、鬼ごときに見付かる訳ないですよ。見つかったのは〝里での仕事用〟ですからね」
 見付かる訳ない。とは、どういう事だろう。
「僕たちも、彼の、〝そういう〟側面を頼りにしていますから……。あの時は、本当……」
 すると。小鉄は、どんよりとした空気をまとい。
 暗い声色で「あの時。本当に死ななかったのが、不思議だ……」と、言った。
「あの仕事用の家は壊して、そちらも新しくなりました。鋼鐵塚さんの御屋敷からも近いです」
 二人が森の奥へと歩いて行くと、次第に、足もとの草むらが明るくなっていき。
 不思議に思った炭治郎が足もとを見ると――、
 光る花があり。花の、茎の部分として、簪にも似た箸のようなモノが地面に突き刺さっていた。
「あ。ここから……。さらに、〝コレ〟あるんだった。……あの人、どんだけ仕掛けてるんだ?」
 小鉄は〝それ〟を一つ手に取って、引き抜き、左右に軽く振ってみせた。
「炭治郎さん。足元のそれ、〝印(しるし)〟です。夜道では、灯りにもなります」
 花粉のような光が空中に四散して――、花にも似た形の〝それ〟は形を成すことを止めて、崩れていく。
「……――〝あの御方〟である……炭治郎さんは、この〝印〟より先に入れますから。僕と、鉄穴森さんも」
 その感覚は、
 目に見えないもので、自然と起こった。
 炭治郎は、小鉄の言葉の全てを聴き取った筈なのに、小鉄の言葉の内容が解ったようで、
 判らなくなってしまったが。
 本人が気付くことはなかった。
「〝印(しるし)〟? 限られた人しか、先に入れないの?」
「知りたいですか?」
「できれば、知りたい」
「そうですか……」
(あれ……、いつもと、なんか違う……? 炭治郎さんの方に?)
 花粉から変化して、残り香のように散っていく――。
 微細で淡い光は漂いながら、炭治郎の方に引き寄せられ。
 幻想の中に、別の炭治郎が居た。
(え――……?)
 小鉄は口を開きかけ、息を呑むように口を閉じてから。
 その光が消えると、喋った。
「まず事情説明。鋼鐵塚さんの指名もあり――……。僕は、炭治郎さんからの質疑応答の返答や、世話係りになりました」
「そうなの?」
「はい。でも、全てに応えられるわけではなく。たぶん、言えない件は言葉を失います」
(なんだろう。これは……、この感覚は、なんだ……?)
 首元に、汗をかいてることに気付いた小鉄は、それを手首で拭う、と、炭治郎から感じられるものについて、今は考えない方がいいとして、炭治郎の返答を伺った。
「……構わない。分かる範囲で説明して」
 思わず、鬼殺隊の時のような口調になってしまったが、小鉄は気にした様子もなく、説明を続けた。
「ざっくり……分かりやすい説明は、〝守りの術〟かな? 〝双子の樹木〟も、そうですから。でも、……〝あれ〟は、エグい……」
「〝守りの術〟……?」
 炭治郎の問いに、小鉄は頷いた。
「血鬼術とは違い?」
「鋼鐵塚さんは、鬼っぽいところありますけど。血鬼術とは違います」
 いったい、どんな術なのか気にはなったが、どうにも、小鉄が説明できないようなので、炭治郎は質問を変える。
「あの人……、鋼鐵塚さんは何者なんですか?」
「鋼鐵塚さんは、鋼鐵塚さんですよ」
「そうだけど…」
「……――――」
「小鉄くん?」
「……――まだ、応えられないですが。いつか時がくれば分かるかも、ですから」
「そうなの?」
「……そうですよ」
 やや、納得できないながらも。どこか、珠世の屋敷の時と似た術の感覚がして、悪いものではないのだろう。
 鬼が居なくなった世界であっても、
 悪や、あやしいもの。
 野盗や、人喰い熊のように、危険な動物は居る。
 人間社会の中に溶け込んで、人と変わらない姿でいながら――人を喰らっていた鬼と対峙していた炭治郎は、
 仮面の向こう側にあって分かり難いが、真摯に見つめてくる、
 小鉄の視線に、
 ――今は、気にしない事にした。


   ◇ ◇ ◇


「発行日・2024年7月25日」
「A5サイズ、24ページ」
「印刷・夢工房まつやま」
プロフィール
HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
P R
powered by 忍者ブログ [PR]